拝啓よなしろくんへ

※日プ再放送やったー!の前に、自分のいまの気持ちをまとめた日記です。

 

 

JO1と出会って、数か月がたちました。

その間に、いろいろなことがありました。

なにから話せば、と思いますが、わたしのなかで「愛だなあ」と思った瞬間のことをどうしても書き残したくて、日記を書きます。

JO1の話題というより、わたし個人が與那城くんへ感謝などを綴っている日記ですので、お時間あるときに読んでいただければ嬉しいです。

ツイッターの180字じゃ到底収まりきらないお手紙形式の文章ですが、自分なりにまとめます。

 

 

よなしろくんへ。(いつもひらがな表記なので、ひらがなで表記します)

まず、デビュー1周年おめでとうございます。

ライブや、テレビ出演などでお忙しいのに、たくさんたくさんメールをくれてありがとうございます。あなたが送ってくれるメールは、職場と家を往復する毎日を明るく、そしてやさしく照らしてくれる、やわらかな光でした。

わたし個人の話でお恥ずかしいのですが、夜遅くまで残業をしていた月がありました。深夜2時過ぎまで仕事をしていたとき、自分と社会が徐々に切り離されていくのを感じていました。曜日感覚もなくなって、あなたからのメールで「月曜日かあ」「金曜日かあ」と感じているような生活でした。こころが折れそうなとき、どうしても逃げ出したくなるとき。つらくて休もうかと悩んだとき。わたしは、ちょっとだけメールを読み返してがんばっていました。そのおかげで、わたしは健康のまま休まずがんばることができました。おれずに、めげずに、笑顔で頑張れたのはあなたがメールで描く「わたし」のお陰でした。

 

よなしろくんのメールは、「わたし」という名前変換された彼女(のような存在)がいます。

最初こそなんとなく気恥ずかしかったり、ちょっと照れていたのに、今ではあなたが思い描く「わたし」という存在が、わたしを良い方向に変えてくれているんです。

こんなふうに見える、と良い方向に書かれれば書かれるほど、じゃあそのくらいになれるようにがんばろうって、ちょっとおこがましいかもしれないけれど思っているんです。コロナを理由にジムを休会していましたが、4月から再開も検討しているくらいに……。

がんばっている「わたし」という存在は、じゃあがんばろうかなって思うひとつのきっかけになっているんです。そんなすてきな変化、あなたと出会わなきゃなかったのかなって思います。

 

そして、わたしが日記を絶対に書こうと思うことがひとつあります。

それは、先月の地震についてです。

(※ここからは震災と被災についてのはなしがはいります)

(※メールの内容についてふんわりふれています)

 

先月、2月13日に福島県沖で震度6強の地震がありました。

わたしの家は本が落ちたくらいだったのですが、職場がおもいきり被災しまして、もう足の踏み場もないし照明も落ちるし、もうぱっと見た瞬間に乾いた笑みを浮かべるほどだったんです。ああ、もうだめだ~って。もうめちゃくちゃで、断水もして、思い浮かんだのは10年前のあの日でした。

 

今年は東日本大震災から10年という節目で(節目、というけれどわたしたち被災者にとってはただ日常の延長であるのかな、とわたし個人は認識しています)

そんななか発生した大きな地震は、わたし(被災者)のこころに大きな影響を与えました。

「また大地震がくるのかもしれない」「今片付けてもすぐに来たらどうしよう」「もし職場で被災した場合の避難経路はどうなるんだろう」「いつまで断水は続くのだろう」と、めちゃくちゃになった職場を片付けながら思いました。

もし、もし今被災したら。

そう考えると、こわくて、やっぱりこわくて。わたしたちは長い時間をかけて、10年前の傷を癒してきたけれど、やっぱり傷は傷でしかなくて、先月の地震はそのかさぶたをゆっくりとはがされるような気持ちになったのです。

 

地震の翌日は2月14日ということで、バレンタイン!という内容のメールが届きました。

恐怖心があるなか、その内容のメールは「いつも通りのよなしろくん」で、どこかほっとした自分がいました。でも、どこかで、やっぱり、大きな地震があっても少し離れれば当たり前に日常を過ごせるんだというふしぎな感情がありました。世界が切り離されるような、ちょっとだけさみしさを感じました。

 

でも、しばらくたってもう1通メールがきました。

「昨日の地震大丈夫だった!???」

たった一言のメールでした。

いつも、スクロールする回数に驚くくらい長いメールをくれるよなしろくん。

笑っちゃうくらい長くて「こんなに長いの!?」とJAMの友人とうれしくてうれしくてはしゃぐメールをくれる、よなしろくん。

たくさん写真をのせて、いっぱいいっぱい考えられていて、メールを届けた先にいる人へ笑顔をくれるよなしろくん。

そんな彼が、たった一言メールをくれたとき。

漠然と。ただ、ただ漠然と。

「あ、『今』送ってくれた」

そう思ってしまったのです。

よなしろくんの『今』と、わたしの『今』が、はっきりと、強く、繋がった気がしたんです。

 

メールは、いつ書いてくれるか全く分からないけれど。

でも、たしかに、あの瞬間。あの瞬間は『今』なのかもしれないと思ったのです。

そして、そのメールを受け取って。

もう、物凄くうれしくて、力が抜けて、被災地から離れた場所からこうして「大丈夫だった!?」と心配してくれることが、ただひたすらにうれしくて、胸がじわじわ熱くなってこっそり職場のトイレで泣きました。

それまで、職場のみんなで「やるしかない」と片付けをしていて。でも本当にこわいし不安でいっぱいで、そんなときに心配の声が届くと、ああそっか~大丈夫じゃないよって言ってもいいのか~!て思えてしまって。弱音を言えるのって「大丈夫?」て声があってこそなので、こうして弱音を吐き出すきっかけをくれたことが嬉しくて胸があつくなりました。

本当に、こんなときにメールをくれてありがとう。

被災地にいるJAMは、あなたのファンは、ただひたすらに、あなたに感謝をしました。

気にかけてくれてありがとう。

心配してくれてありがとう。

遠く離れた場所でも、不安な心にやさしい声をかけてくれてありがとう。

ひとりのファンとして、JAMとして。

わたしは、こころから。あなたへ感謝と愛でいっぱいです。

本当に、ありがとう。

 

それから、ちょっとだけまたわたしのはなしだけど。

よなしろくんが、そしてJO1が頑張っている姿、輝いている姿を見るたびに。「自分は何がやりたいのか」と本気で考えるようになりました。

あなたたちのお陰で、新しい道へ一歩。足を踏み出そうとしています。

正直不安でドキドキするし、緊張します。けれど、そんなときはあなたたちの顔を思い出して、胸に音楽というあたたかな光を宿して、ちょっとだけ頑張ってみようと思います。

 

JO1の音楽は、わたしの人生にはなかった「あたたかい音楽」です。

こころに元気と勇気を。さんさんと照らす太陽のように。

あたたかな光で満たしてくれる、やさしい音楽です。

 

どうかあなたたちの輝きを、きらめきを、これからも見守らせてください。

そしてよなしろくん。

あなたが思わないところで、誰かの(わたしの)こころを救っています。

どうかこれからも、たくさん笑顔でいてください。

 

そして!最後になりましたが!日プ!再放送ですね。

わたしが見たいよ、見たいよ、と泣いた過去が救われました。

よかったね、過去のわたし。

よかったね、たくさんのJAMのみなさん。

よかったね、これからわたしがJO1気にならない?と勧める友人一同。

わたしの知らないあなたたちを見れること、知れること、心からわくわくします。

「知らない」を知りたいな、と思うこと。知ろうとすること。

それって、とっても愛ですよね。

とても楽しみです。

では、また日記を書きますね。

 

微力ながら応援しているJAMより、愛をこめて。