わたしは『かわいい』が似合う人になりたかった

6月27日(土曜日)

その日は、JIBLUE(JO1とINIのユニット)のオフライン特典会でした。(以下・オフラ)

久々の取り止めもない日記にはなりますが、ゆるいレポ日記としてお時間ある時にお読みいただければ幸いです。

※後半になるにつれて若干暗めです!オフラレポは前半のみ。後半は人生エッセイ日記です。

 

はじめに。

その日は、関東に2つの大きな台風が迫ってきている日でした。

西日本には大きな災害が起こっているようで、連日のニュースに一体どうなるんだろうと色々なことを心配していました。

それなのに一向に公式SNSもメールもなく、「やるのか」「やらないのか」が宙ぶらりんで遠征組のJAMもMINIの皆様も大変だったのではないかと思います。

正直、「東京到着後に中止発表、新幹線が停止し帰れない」場合も想定しました。ホテルとかネカフェとかも調べて、それでも行くのは久々にオフラに当たったこともありますが、何よりよなしろしょうくんに会いたいなと思ったからでした。

きっと、多くのJAMも、MINIの方も、そうだったんじゃないかなあ。

だいすきで、日々を支えてくれる大切な人に、会いたい一心で向かったんじゃないかな。

本当に開催されてよかったけれど、お知らせ欲しかったな。無事会えてよかったな。

 

わたしは当日朝まで連絡を待ち、このまま来ないなら行くしかないかと新幹線に朝イチで乗り込んだ形になりました。

ですが、台風の影響がどこまでひどいのかわたしには判断がつかず、ほか交通機関のSNSをチェックしますと「×」の文字が並び、とりあえず会場まで行きました。

しかし、会場付近は大粒の雨を避ける場所がなく、近くの周辺施設までふらふらと避難しつつ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれながらも、人生初めてのタクシーアプリ活用によりなんとか会場に戻ってくることができました。

 

会場にはすでに列らしきものが形成されていましたが、皆様雨宿り中で入らないご様子だったため、どうしようかな〜と悩んでいると、素敵なるきくんJAMさんから声がかかり一緒に入場することになりました。あの時はありがとうございました!

緊張でガチガチ、寒さで手が震える、雨に濡れて服は少し重い。そんな状況だったので、声をかけていただけてホッとしました。逆に嬉しくてめちゃくちゃ喋りかけてしまい、反省。

正直、オフラ会場ってすごく心細いと思うんです。一人参加だからかな。

変じゃないかな〜とか、メイク崩れ酷くないかなとか、そもそもうまく笑えているのかな、とか。やけに気にしてしまう。だいすきで尊敬するアイドルの前に立つのだから、身だしなみぐらい整えたいし、少しでも、少しでもまともになりたいと願ってしまう。

まともって何!?と言われれば、うまく言えないけれど。それでも、しょうくんの前ではきちんとした人間でありたい、堂々とした人間になりたい、と願ってしまいます。

 

身分証を出し、無事にレーンに並びました。

並んでいる時も、聞こえるしょうくんの明るく元気な声に、「あ、いつも聞いている声がする」と不思議な気持ちになりました。

いつも元気をもらっている声が、こんなにも近くから聞こえると、なんだか見知らぬJAMさんにも頑張れ〜〜〜〜うまく伝えたいことが伝わりますように〜〜〜〜と祈ってしまいます。

 

名札をつけました。名札は3日前、6連勤明けにヘロヘロになりながら描いたやぬちゃんのイラスト付きでした。

名札は「わかりやすく・見やすく・はっきり」を掲げ作ったのですが、印刷したら文字がぼやけてしまい、あわててペンでなぞり書きをするというやっつけ仕事でした。ちょっと後悔。

名札のやぬちゃんすら、お守りがわりです。

気づけば、やぬちゃんがJO1の企画で生み出されてからというもの、わたしの人生に深く寄り添い、支えてくれています。

どんなきっかけであれ、写真を撮るようになったり、部屋に植物をおいたり、「これやぬちゃんに似合いそう」とアクセサリーを作るようになったり、自分でも驚くくらい人生を明るくしてくれています。ありがとうございます、本当に。

 

いよいよ順番が近づいてきました。

バッグをカゴに入れます。スタッフさんが入り口前に立ち、説明をしてくれますが全部に「はい!」と返事をしてしまったせいか薄く小さく笑われてしまい、反省しました。もう緊張でそれどころじゃないので、小さいけれど部活みたいな返事をしてしまい、反省。

 

さて。

入り口に立ち、一歩進みます。

※ここからは、映画「ハリーポッター」より屋敷しもべのドビーで再生してください。

 

机に両手をついたしょうくんが、にこりと微笑み「はいさ〜い」と言いながらすぐさま名札の名前を呼びました。名前のイントネーションが不思議で、でもそれが嬉しくて、なんだか胸がいっぱいになりました。

思わず飛び上がりながら前に進み、「しょうくん、だいすきです!」と伝えました。

(※この場合のだいすきには、感謝・尊敬・日々の支えへの敬意などさまざまな意味を含んでいるのですが、純粋にだいすきすぎて日々生きる上で本当に励みになっています。また、しょうくんと出会ったことにより毎日が明るく変化していること、本当に嬉しいしありがとう!という意味がありました。重い。これはファンレターに書くべき長さなので、とりあえずこの場合に最適な4文字に収めました。)

そしてあるお願いをしたのですが、ゆっくりと目をじっと見つめ、ふわっと眉を下げて微笑まれた瞬間に、頭がいっぱいになってしまいました。

そして、「(本名)〜、今日もかわいいなあ」と、頭を撫でる動きを空中でしてくれたのですが、落雷のようなズドンという衝撃が体に走り、一瞬で頭が真っ白になってしまいました。

 

そんなファンの様子に慣れていらっしゃるからか、すぐさま「今日は雨の中、来てくれてありがとうね」と続けてくれて、うんうんと頷くしかないわたしに「またね」と手をゆっくりと振ってくれました。

わたしは後退りながら、またね、またね!ありがとう!!と大きな声で出て行ったのですが、身体中が落雷の影響で痺れているような感覚でそのまま傘を取り忘れるところでした。

 

※ドビータイムおわり

 

>ここからは過去のオタク遍歴と、わたしにとっての「かわいい」という言葉について書き連ねますので、本当にお時間ある方のみお読みいただければ幸いですと先に書いておきます。

 

皆さんは、人生で雷に打たれたような経験ってありますか。急に何?と言われそうですが、わたしは人生でズドンと来たのは、過去2度あります。

人生で初めての落雷現象は、ミュージカルテニスの王子様3rdシーズン「青学vs不動峰」公演で、幕が上がった瞬間にスポットライトを浴びたリョーマくんの姿を見た時。

2度目はJO1を初めて知った、MVでよなしろしょうくんを認識した時。

そして3度目は、今回の「今日もかわいいなあ」でした。

 

本当に過去のオタク遍歴をチラリと出して申し訳ないのですが、正直人生100年の中であれだけ大きな衝撃と傷跡って中々ないよと当時のオタク友達と喋り明かすのがテニミュ追っかけ時代なのですが、テニミュの傷跡(卒業)はあまりにも深く数年引きずり亡霊になり、人生の転換期と相まって鬱状態にまでなったので、本当に人生において傷でありひかりであり、わたしにとってのまばゆいものでした。

 

また、今回はアイドルによる「かわいい」という言葉がいかにわたしにとって救いになったかを書きつられようかと思います。

 

わたしは、2017年前後に「アイドルマスターsideM」という作品に心奪われていました。今も曲を聴きますし、時折ふと思い出したように過去のスクショとかを見返す時間があります。

その際、わたしはユニットカラーが緑色の「FRAME」の担当P兼ファンでしたが、2018年の3rdライブに行った時に目を引いたのはユニットカラーがピンク色の「S.E.M」です。

 

ふと、アイドルが鮮やかなピンクを纏っているのを見て、いいなあと思いそのまま次の日に服屋の試着室にピンク色の服を持っていったのを覚えています。今も。

今思えば、導かれるようにピンクを選んだけれど、それがわたしの人生における自我を持ってピンクを「はじめて選んだ日」でした。

 

それまで、わたしにとってピンク色は避けるべき色であり、選べない色でした。自分なんかが、と思っている部分が大きくありました。

ですが、自分にとって「ステージ上のS.E.Mのように、キラキラしたピンク色を身に纏いたい」と爆発的に思えたのは、人生一変というか。憧れを身に纏いたくなったんですよね。自分もあんなふうに、ピンクを堂々と着たい。かわいい色を身に纏いたいと思うようになりました。

 

それからピンクや、ピンク=かわいいものへの抵抗感が薄れ行く中、自分の長い闘病生活と服薬の影響で2020年前後に体重の激変期が訪れます。

それまで平均的体重だったのが、プラス30キロになったり、突然10キロ痩せたり、次は20キロ増えたり、また減ったり、そういう生活を繰り返すようになりました。

そのせいで、人と会うのが億劫になったり、服を選びサイズが合わないことへの落胆とか、ものすごく凹む日々が続きました。

 

次第に、自分の体型への変化から鏡を見れなくなりました。思春期の頃もそういう傾向はあったのですが、鏡を見れない、身だしなみを異常に気にするという脅迫的な思想に追い込まれ一時は薬が増えたりしていました。

 

ですが、色々あって自分の持つ病気と「併走しよう」と思えるようになりました。

それは、JO1との出会いや、しょうくんとの出会いが大きく関係します。

わたしは病気により、10代を失っていて、20代でようやく準備が整い始め、30歳になった今少しずつ「自分とは何か」と向き合うことが出来るようになりました。遅いけれど。

その過程で欠かせないのが、JO1との出会いです。

身だしなみも異常に気にするのではなく、ほどほどに「このくらいかな」が出来るようになったり(人から見ればまだまだですが……)ひとと会話したり交友関係を持つことがこんなにも楽しいと思わせてくれたのも、彼らとの出会いが大きいです。

 

ですが、長年「かわいい」って、むずかしいなあと思っていました。

かわいいって、むずかしいし、わたしには手に入らない、遠い遠い惑星のような単語でした。

でも、遠い惑星とか星ってすごくきらきらしていて、つい手を伸ばしたくなるんですよね。いつか誰かから肯定的に言われたいな〜と思い、薬でむくんだ顔で何を言っているんだと毎日凹んでいて。でもその凹みも、慣れてしまえば笑い飛ばせる程度だと誤認していて。

だからこそ、しょうくんに「今日もかわいいなあ」と言われた時、なんだか今までの苦悩とか苦しみが一気に溢れてショートしちゃったんだと思います。

 

わたしは、「かわいい」が似合う人になりたかったのかもしれません。

薬でむくんだり、体重変動が激しすぎて礼服は3着あることとか(S〜XLまである)本当にしょうもないんだけど、誰かに言って欲しかったのかもなあと改めて向き合うことができました。

そんな重い人生をアイドルの一言(それもファンサービスですが)で〜と言うなよと言われればそれまでですが、そうじゃないんです。

 

勝手に、勝手に救われているんです。

勝手にすきになって、勝手に尊敬して、勝手に日々救われていて。

だからこそ、勝手にまたまた救われちゃったな〜と、ぼんやり思いながら新幹線で帰りました。

木々が飛ぶように風景が変わっていく様子を窓から眺めて、ぼんやりと「また生きる上で元気をもらってしまった」とじわじわ実感していました。

 

ここまで書いておいてあれですが、わたしは造形的に美醜でいえば後者の出立をしていると認識しています。それでも、少しでも「まともでありたい」と思っています。しょうくんのファンだ、と胸を張れるように。今日も少しでも言ってくれた「かわいい」という言葉に恥じない自分になりたくて。

 

アイドルにおける「かわいい」は呼吸くらい簡単な言葉なのかもしれません。

ですが、そんなわたしにも、後者であるわたしにも、平等に「かわいい」と言ってくれてありがとうと思っています。

卑屈になっているわけではなく、本当に、あなたの言葉があるからわたしは今日も胸を張って「かわいい」姿になろうと努力できます。

本当にありがとう。

 

わたしはしょうくんの言葉に、どれだけ救われるのだろうといつも思います。

コロナ禍のヨントンの時もそう。

ラジオでお手紙を読んでくれた時もそう。

オフラの時の言葉もそう。

そして今回の言葉もそう。

それだけじゃない、日々彼が発信するメールや言動もそう。

 

アイドルと人生は交わらなくても、わたしの人生ではしっかりと彼(そして彼ら)の存在があって、本当に明るく元気になっているので、感謝しかないです。

本当に、アイドルになってくれてありがとう。

 

今日もあなたの言葉に救われているオタクより、敬愛と感謝を込めて。

おわり。

永縁を信じたいと思えた日のこと。JO1DER SHOW 2026 'EIEN 永縁'

はじめに。

お久しぶりの日記になりました。せんせんです。

もしこの日記が誰かの元に届いたらいいな、と思い日記を書いております。

少し長くて、ライブレポというよりは今まで通り「日記」ですが、お時間ある時にお読みいただけますと幸いです。

 

先にわたしの近状を書くと、今まではX(Twitter)のアカウントをログアウトし、細々とnoteにて日記を書いていました。

「アカウントを閉じます」と言った手前、なぜこのブログを再投稿したかは「今までのJO1と向き合った大切な宝物の1ページを追加したい」という思いからでした。

飽き性のわたしが日記を続けられたのは、ひとえにJO1がだいすきという思いだけでした。ライブを通し、わたしは「縁ってなんだろう」と思った時に真っ先にこのアカウントを思い出しました。そしてこのアカウントで出会った方々や、実際にお会いした方々、ライブで偶然出会った方々、全部が本当に縁なんだなと思って、JO1がきっかけで繋がった様々な縁を思い出し、日記をこちらで書き始めました。

そして何より、はてなブログも、noteも、日記を書くこと、JO1と向き合い、JAM(ファン)としていること。全部がわたしにとって、もうこの数年積み上げた大切な習慣でした。

 

 

さて、東京ドーム公演、2日間参加しました。

正直、発表当初は9人のJO1を見ることへのさまざまな思いを抱え、チケットの申し込みを悩んでいました。その時に、フォロワーさんから「よければ」とお誘いいただき連番をすることが決まったことがきっかけで、2日間の参加を申し込みました。

ありがたいことにチケットが用意され、2日目はアプグレも初めて当選して、今までずっと天井席や見切れ席で見ていただけに、感動はひとしおでした。

 

今回、ドームに行くにあたり、楽しみと強く思えば思うほど、同時に不安感もありました。

楽しみであればあるほどに、どきどきと心臓が跳ねてしまって、でもそれ以上に「JO1なら絶対大丈夫」と何に対する大丈夫かわからない言葉をこころで唱えながら新幹線に乗っていました。あまりに早起き(4時頃)をして、一本早い新幹線で向かった東京は少し暑くて、薄着でちょうど良いくらいでした。

正直、何が「大丈夫」と思いたかったのか、言葉にすると複雑です。語弊をうむかもしれないのですが(そもそも文章である以上、わたしの言葉の温度感は伝わりにくいと思いますので、語弊を生んでしまったら申し訳ありません。)わたしは、9人か、10人か、それが最後まで気になっているのだと思います。

現在、JO1は9人で活動をしています。前を向いて、進んでいます。

その姿を、その様を見るのが、わずかな不安感をよび、こころの中に小さな波を立てていたのだと思います。

だからこそ、大丈夫、9人なら大丈夫、絶対絶対成功する。そう強く強く強く信じる気持ちが、こころを静かにしていきました。

 

入場可能時間早々に入場した東京ドームは、天井が近くて日の光が透けて見えました。だんだんと暗くなっていく会場の様子を見るのが楽しくて、きらきらと透ける光が眩しくて、これから始まるんだ!とワクワクする気持ちが強くなっていきました。

一緒に連番した方と、これから始まるワクワク感を共有できたこともすごく嬉しかったです。今まで基本単番だったので、ああ人と一緒に「たのしみですね」と言い合えるのってこんなにワクワクするんだ!と思いました。

 

暗転し、1曲目「Venus」から始まりました。

その瞬間のわっと上がった歓声、ステージから歩き出す姿。

9人のシルエット。

全部が、心拍数を一気に跳ね上げさせ、無我夢中でペンライトを振っていました。

その後も「CARUS」「MONSTAR」のミックスが続き、あまりに好きな曲が連続したので倒れるかと思いました。激しいアレンジがものすごくかっこよくて、すごいすごいすごい!と興奮気味にこころの中で叫びました。

 

「Rose」では赤い紐(テープ?)の演出が印象的で、みんなが雁字搦めになるのを最高!と見ていましたし、よなしろくんはテープに絡まずスッと抜け出すのもぎゃ〜〜となっていました。そこから怒涛の曲展開ののちにだいすきな「Phobia」に続き「SuperCali」。

スパカリではまるで魔術の召喚術のような雰囲気で、れんくんの涼やかなお目元を布が覆い、それをずらして呪文を唱えるように歌う姿がものすごく印象に残りました。

また曲中にれんくんが画面右へ引き摺られていくところは、あまりに怖くて悲鳴が出ましたし、他のメンバーひとりひとりもまるで闇の魔法のような重々しい雰囲気のスパカリで非常によかったです。

今までスパカリに抱いていた「魔術的」なイメージがよりダークな世界観で表現されていて、すごくかっこよかった。ある種のゾワっとくる恐怖心を煽るような演出で、それがこころに深く刺さりました。

まめちゃんが最後に一人現れ、追手に捕まりながら逃げ続け、最後は倒れる演出には悲鳴をあげるしかなく、心臓がバクバクと音を立てながらも「すごいものを見た」と驚きを隠せませんでした。

去年のドームで「BE CLASSIC」のれんくんの倒れる演出の時も、悲鳴と同時に「ものすごいものを見た」という歴史的瞬間に立ち会ったのですが、今回その感情は個人的にスパカリとかなり曲が飛ぶのですが終盤の「Handz In My Pocket」の和太鼓・獅子舞でしょうか。

 

曲が前後しますが、ユニットソングの「ラチャチャ」(「LA CHA CHA」表記とアンケートで知れてよかった!)が非常に、非常に、よかったです。

よなしろくんがご機嫌ニコニコかっこいいソングを担当して非常に嬉しかったです。

これはわたし個人の感想なのですが、よなしろくんってセクシーなお姿も大変似合うのですが、やっぱりにこにこ楽しそうに笑っている姿がだいすきで、今回その楽しそうな笑顔を見れてすごく嬉しかった。

隣の人とハイタッチする振り付けが可愛らしいだけではなく、サビの「ラチャチャ・ラチャチャ」の振り付けは思わず真似したくなるような可愛らしくポップでキュートなおかつご機嫌!て感じで大好きな曲になりました。

たくみくんがふわふわの大きな滑り台をご機嫌に飛んで滑るのが、2日目に横から見ていてすごく楽しそうでよかったです。(かなり高さがあるので怖くないのかな!?と思うほどです。)

ユニットといえば去年のドームでは「EZPZ」が非常に二次元を感じて好きだったのですが、今回のユニットは「ラチャチャ」が印象的でした。

早く音源配信かCDで販売してほしいな、とこころから願っています。早く聴きたいです、また。

 

また、「Cross the line」もすごくかっこよかった。

この曲は歌詞がすごく好きで、ウワーッと声が出ました。

改めてすごくいい曲で、歌詞に心が救われる気持ちになっている曲だったので胸にぐっとくるものがありました。

次の曲が確か「Dot-Dot-Dot」だったような気がするのですが、興奮で記憶が曖昧です。

 

 

-----ここから後日日記を書きましたので、曲順ではなくなります。-----

 

全曲をPUして書きたい一方で、いますぐに話したいのは何より「Handz In My Pocket(ORIENTAL ver)」ではないでしょうか。

和太鼓!沖縄の獅子舞!肌に塗りつける墨!

まさに祭り、というより珍しく素晴らしいという意味で「奇祭」と表記したいところです。このまま日本全国の古くから伝わる伝統芸能を引き連れてほしい。東北代表はなまはげとかどうでしょうか。(わたしが福島なのですが、福島はわらじなので連れて行くの難しいかなと思い勝手ながらなまはげに託したいところです。)

 

何よりJO1のパフォーマンスに負けないくらい、和太鼓のチームの方々が素晴らしく、熱気がブワッと伝わってきました。和太鼓かっこいい!

そして沖縄の獅子舞はかなり可愛いです。ふわふわで真っ白で、動きが滑らか。東北で見る獅子舞って中に入る人(?)が大抵1人かと思うのですが、沖縄の獅子舞はおふたりなのでしょうか。足が4本あって、四足歩行の動物としての獅子舞は人生で初めて見たので非常に興奮しました。伝統芸能がだいすきなので、こうしてふわふわな獅子舞を見れて嬉しいです。すごく可愛かったです。

 

そして書くべきこととして、けいごくんのパフォーマンスのかっこよさではないでしょうか。

墨(でしょうか?)を鍛え抜かれた肉体に塗りたくる姿、まるで何かの儀式のような、決意のような、圧倒されるパフォーマンスでした。

JO1のパフォーマンス、わたしはかなり上品でうつくしく芸術的なものだと感じているのですが、今回のパフォーマンスはなんだか儀式的と受け取っています。他に表現する言葉がうまく見つからずもどかしいのですが、本当にいい意味での「奇祭」なんです。奇祭の儀式のような、何か圧倒される神秘性のようなものすら感じてしまい、ものすごいものを見たと畏れを抱く感情に似ているというか。JO1は人でありアイドルなのですが、今回のライブは何か、こう、ものすごいパワーを感じさせました。

 

また、初日・2日目を通して感じたこととして。

両日とも素晴らしく圧倒されたということを前提として、わたしは2日目の方がのびのびしているように感じました。初日はどこか、緊張感のようなものを感じたように思えました。(これは勝手なファンとしての思い込みかもしれません。同時に、わたし自身がガチガチに緊張していたからかも。)

 

また撮影可能ソング(トロッコ)も非常に良くて、アンコール中のそれぞれメンバープロデュースグッズの着用が素敵で、よなしろくんがライブTをアレンジした上で「ポポポポーチ」をつけていたのよかったですよね。

jo1.jp

ヤヌカミカラー(グリーン)・かわいいカラー(ピンク)・大人なカラー(ブラウン)の3色展開

ヤヌカミを、愛してくれて、ありがとう!!!

(HP引用したところ、なぜか背景がグリーンになってしまいました。)

わたしはヤヌカミ(やぬ)がきっかけで、ぬいぐるみを愛し、写真を撮るきっかけが出来たため、本当に本当にだいすきで。そのだいすきなやぬを、何よりよなしろくんが愛してくれてありがとうって思っています。

やぬがいなかったら、わたしはずっと写真を撮る習慣が生まれなかったよ。

本当に、やぬという素敵な生き物・ぬいぐるみを届けてくれてありがとう。

本当にありがとう。

やぬを、愛してくれて、本当に本当に、本当にありがとう。

また、グッズ会場に「第一営業部営業一課」の文字があり、非常によかったです。

 

さて、ライブに戻るのですが、最後に歌った「EIEN」がこころからだいすきです。

youtu.be

本当に、いい曲だなあって。

2日目に、ふと歌詞が急に頭に入ってきて、「あ、」と思った瞬間にはポロポロ涙が出ていて、彼らの背中を見ながら「JO1がだいすき」と強く思いました。

よなしろくんのパートがだいすきで、

今までに失くした物を

悔やむ日も きっとあるんだろう

ここが、すごく沁みるのはわたしがよなしろくんJAMなだけじゃないはずです。

このパートを、リーダーであるあなたが歌ったことが、わたしのこころをどうしようもなく揺さぶっているのです。

 

JO1、色々あったなあって。同時に、JAMであること、JAMで居続けることが、JO1を好きだからこそ苦しく思う日もあって。でも離れずにずっと一緒に走り続けたいと思っている日々を過ごしていて。

彼が歌った「失くした物」はなんだろう、と思うと色々思っちゃうのですが、でもそれでも彼らは前へ前へ進んでいて、その姿をこの日に見ることができたんだって思いました。

同時に、この歌詞を聴いて何度も何度も、何度も思ったけれど「今日来てよかった」と思いました。

そこから繋がる歌詞も素晴らしくて、最後にかけてまるで波のように感情が押し寄せてきて、改めてすてきな歌をありがとうと思いました。

 

 

※ここからは、わたし自身の話を少し深掘りします。

ここからは、わたしの祈りの話をするのですが。

JO1も、よなしろくんも。

幸せになってほしいのです。

幸せって何?と言われれば、たくさんの形があるから。あなたが思う幸せを叶えてね、と日々祈って、願って、わたしは応援しています。

 

でも、別にわたしひとりが祈らなくても、願わなくても、彼らは、よなしろくんは絶対幸せになるでしょう。

これからもっともっと駆け上がって、JO1として素晴らしい日々を過ごすことでしょう。

わたしひとりの祈りには、なんの意味もないし、ちっぽけな虫のように小さな小さな願いでしょう。

でも、それでも、祈りたい、願いたい、あなたの幸せを心から願いたい。それが、わたしなりの愛の表し方なのかなって、今回すごく思いました。

 

わたしは、2020年から彼らを応援していて、もう6年目です。

6年って、あっという間です。人生だって、じんわりと変わっています。

でも、いつだって思うのです。「こんなにも素晴らしいグループを応援できて楽しい!」「よなしろくんという、素敵な人を応援できて楽しい!」「これからもずっと笑顔でいてね」「幸せでいてね」そんな喜びと願いが、ずっとずっと、ずっと続いているのです。

6年間、ずっと楽しかった。

苦しいこともあったし、悲しいこともあったし、それでもわたしの人生を明るくしてくれたのはJO1のおかげで、よなしろくんのおかげで、本当に本当に感謝が尽きないのです。

これからも、だいすきだよ、幸せでいてねって願いが、ライブを通して最後に書きたい感想です。

 

EIENがデジタルリリースされた際に、HPにこんな一文がありました。

これまで紡いできた縁や運命と共に前へ進むことの決意を歌う。

これは決意の歌、と聴いたときに思ったけれど、ライブで聴いて、彼らの背中を見て、これからもずっとずっと、JO1との縁がJAMとして永遠(縁)でありますようにと願う気持ちになりました。

 

わたしは今までも、これからも、彼らのために祈るし、願うでしょう。

そして、JAMとして彼らJO1との永遠(縁)を祈ります。

祈る、とかいたけれど、それ以上に「信じている」気持ちが強いです。

永遠なんてないけれど、彼らが決意をうたうならば、わたしはJAMとして永遠を信じましょう。

信じたい、そう思えるのです。

 

これからも、ずっとずっとだいすきという気持ち、そして「ありがとう」と感謝する気持ち。全部全部、この気持ちもずっと永遠でありますように。

 

そしてその永遠を刻みたくて、日記を書き終えようと思います。

お読みいただき、ありがとうございました。

 

おわり。

魔法のようなきみたちへ

はじめに。

6周年、おめでとうございます。

冬の厳しいこの日に、こうしてまた一つ歴史を重ねたこと、JO1がJO1として「そこにいてくれる」ことに、まずはじめに深く深く感謝をしたいと思います。

 

この日記は、個人的な日記であり、あまりまとまりがありません。

時折脱線しつつ、少し立ち止まって「いま」の心境を綴ったものです。

誰かを傷つける意図も攻撃する意図もなく、自分にとってのきもちを吐露したく日記を書こうと思いました。

それでもよろしければ、お時間ある時にお読みいただけますとうれしく思います。

 

 

この1年。わたしにとっては「JO1がJO1として在ること」は、どれほどまでにありがたく、むずかしく、そして過去どれだけの幸せを受け取っていたかを考え続けた1年でした。

同時に、様々なことが短期間で起こって、改めて自分が「JAM」でい続けることも辛くなる時期がありました。

うつくしすぎる思い出や彼ら11人への思い出を振り返るたびに、自分の中で大事にしたくてSNSから離れ、そうすることで「自分のなかの彼ら」を守ろうとしていました。

 

最初こそ、攻撃的なきもちになることだってありました。

なんでそんなことをしたのだろう、してしまったのだろう。

それは本人たち以外誰も答えられないことなのに、今までの道のりが楽しくて仕方がなくて、しあわせでたまらなかったからこそ、一方的に不幸の谷底へと叩きつけられた気になってしまったのです。

 

でも、だんだんと月日が流れ、JAMではない友人たちに自分の心境を打ち明ける中で、「彼らだって人である」ことをわたしは忘れていたのではないか?と怖くなる瞬間がありました。

わたしは「アイドル」に絶対的な夢を見ている気がします。

初めて好きになって、このまま世界へと駆け上がるにはまだまだ知名度が足りないから、もっともっと世界中の人から「すき」を受け止める存在になってほしいな〜と思っていました。

でも、それは「アイドル=人」として見るのではなくて、一方的にただ純粋に「アイドルという仕事」への信頼と願いと思いを、ただただ人という存在を無視し「アイドル」という四文字に託しているだけだと気付きました。勝手に、背負わせて、勝手に、託していたんだなと、立ち止まってしまいました。

 

ですが、その自分の在り方に気付いたことで冷めることはなくて、じゃあ自分にできることは何かと考えるようになりました。応援の仕方は前よりペースダウンしたけれど、それでも曲を再生したりCDを購入することは辞めることはなく、それは今まで積み上がってきた「JO1への信頼」そのものだと思っていました。

 

もちろん、怒りや悲しみや、やるせなさは山のようにあります。

でも、時が経てば経つほど、それは「事実だった」という過去だけのこり、受け止める以外の方法がないのが、本当につらいなあと思っています。

 

ここで、名前を出すのですが、わたしは汐恩くんに脱退してほしくないと前回の日記で触れていました。

「わたしは、脱退を求めてはいません。

ですが、彼がどうなってほしいのかと聞かれればよくわかっていなくて、答えが出なくて、今は「然るべき反省をし、立ち直り、また再び顔を見たい」と思っています。これは何度も何度も、何ヶ月もかけてでた現時点での仮の答えであり、情であるのだと思っています。」

 

この通りで、立ち直って、また再び顔が見たいと思っています、正直いまも。

(前回日記がすごくこころがチクチクしていたので、棘が多く受け止められたら大変申し訳ありません。)

 

わたしはまだ、よなしろくんが一緒に頭を下げたことが、胸に棘のように残っています。

いまだに彼だってアイドルで守られるべき一人だと思っているし、でも、その彼が一緒に頭を下げた以上、わたしは「反省して、また戻ってよ」と思っていて。

本当にうまく言葉にできないのですが、何が正解だったのか、何もわからないし。誰もわからないのだと思います。

あくまでわたしたちはJAMである以上、他人(ファン)であり、彼らの発信する言葉を信じるしかなくて。でもやさしくて慎重で、言葉を紡ぐのが上手い彼らだから、言葉にできないこともたくさんあるはずで。その余白をつい考えがちだけど、この1年は「ただ言葉のまま受け取る」ことをたくさんしたなと振り返ります。

 

正直なはなし。

12月になって彼の一連のお知らせを受けてからというもの、わたしは日記を公開することやX(Twitter)で呟くことが、なんとなく怖くなっていました。気づけばJAMアカウントは、ログアウトして数ヶ月経っていました。

ぼんやりと思っていたのは、いまJO1の話題に触れることは意図しなくても誰かを傷つける気がするということ。

自分が思う以上に、ショックを受けていて、そして彼や彼らに対して気持ちを綴ることが怖くなっていること。

そして自分が思った以上に、「11人」はきせきや魔法のような数字だったこと。

 

ですが、時は待ってくれません。時間はあっという間にすぎるし、気づけば12月も折り返しで。

自分が思った以上に立ち止まりっぱなしで、情けないけれど曲を聴いて泣いたりして、でも、時間は待ってくれなくて。

なら、現時点での自分のきもちを残そうと思って、日記を書いて。

そうやって、ひとつひとつ丁寧(ではないけれど)に自分なりにケジメをつけないと、前に進めない気がするのです。

でも、前に進めなくてもいい気がする。今までもらった思い出や記憶や光景は絶対的なものだし、何よりも宝物だからこそ、前に進めなくたっていい気がする。

でも、わたしはJO1が前に進む以上、この船の行先を追いかけたいと思うから、一旦自分のきもちをここに留めておこうと思います。

 

汐恩くん。

わたしはあなたの歌声が大好きです。大きく笑うところも、メンバーに気を遣ってくれるやさしさも、わたしがJAMとして見続けた「アイドル」としての汐恩くんはいつだってやさしさに溢れていました。

「メンバーのことは今でも大好きですし、JAMのみんなのことも大好きです。」の言葉に、今まで色々な言葉が(それこそ、やさしさも辛い言葉も、)降り注いだあなたが、今まだJAMに対してそう言ってくれるのかと思うと涙が出ました。本当に、わたしも、もっともっと言えば良かったのかなって、後悔ばかりが押し寄せてきます。

正直、日記に書き連ねるのも悔しくて悲しくて、あなたは素敵なアイドルだと伝えたくて手紙を投函したことを、わたしは今も「これで良かったのかな」と悩んでいます。

手紙の字はうまく書けなかったし、あなたの手元に届くのだろうかとすら思うけれど、それでも何年先でもいいからたくさんのJAMからの手紙があなたの未来を少しでもあかるく照らし、あなたの背を押すものとなりますようにと願っています。

これ以上は日記にはうまく言葉にできなくて書けませんが、わたしはJAMとして、あなたがいるJO1を好きで見続けられたことを誇りに思うし、ずっと素敵だったよとJAMの友達と言い続けようと思います。

あなたのこれからの道が明るくありますように。

いっぱい大きく笑って、健やかで、ずんずんと前へ進んでいけますように。

 

そして、よなしろくんへ。

あなたを追いかけ、気づけば1年がまた幕を下ろそうとしています。

正直、言葉としてJAMに伝えたいこと・伝えられないこと、たくさんあったのではないかなとファンとして勝手ながら思っています。勝手にごめんね。

わたしは、あなたのファンで良かったなぁと日々思っているのですが、今年はJAMでいること、JAMでい続けることがすごく苦しくて、時々大泣きしていました。情けない大人ですが、正直なところそんな感じでした。

 

PLANJの「約束」、なんとなく辛い時に聞いています。

自分にとってのすきが迷った時、やっぱりすきだなぁと思える、宝物になりました。

どこでもあたたかくてやさしくて、立ち止まった時にそっと背中を押してくれるのはあなたの歌声なのだと思いました。

 

わたしにとって、自分の「すきなもの」は誰にも言わずに進んできたわたしだけど、今は「わたしはこの人がすき」「これがすき」とはっきり言えるようになってきました。

もう少しで30歳になろうとする今、あなたのあたたかな歌がこころに届いたことで、ゆっくりですが前に前に進んでいます。

本当にありがとう。

よなしろくん。今は冬で寒いね。こっちは吹雪です。そして寒暖差がすごい!どうかお身体を大切に。

どうかあたたかく、ご自愛くださいね。

 

 

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

それでは、どうかあたたかくお過ごしください。

 

「11」という数字を考える

 

はじめに

このブログは、現時点での気持ちの整理です。
1意見であり、ここ数ヶ月のモヤモヤを抱えたまま生きていくのが苦しくなり、自分の言葉で、自分と向き合って、改めて考えようと思ったブログです。
所詮「お気持ち」であり、全てを決めるのは会社と社長であることを十分に理解した上で書いています。
批判的な意見も書きますが、それ以上に「情」があり、どうすれば良いのか、どう向き合えば良いのか、この数ヶ月でわからなくなってしまった人のきもちの整理です。同時に自分自身でさえ答えが見つかっていません。そういう意見として、受け取ってくださると幸いです。

会社の「不誠実さ」を考える

色々な気持ちを記述する前に、先に結論から話そうと思います。
(ですが、この結論に至るまでの考えが長くあって、長く考えすぎたからこそ複雑なのですが)
わたしは、会社の対応の「不誠実さ」「不透明さ」にずっと「なぜ?」と思っています。それは今回のことがきっかけではありませんが、つい積み上がったものがバランスを崩した感覚がありました。
そもそも汐恩くんのオンラインカジノ問題は本当にダメなことであり、彼の問題が悪いのだという前提で話しますが、会社の現時点での対応はあまりに「不誠実」だと感じています。
次回作の写真にはすでに彼がいて公開されたり、逆に花火大会のグッズにはいなかったり(撮影に参加していないと一文があったけれど)、なんだか「会社として彼をどう扱うべきか、はっきりしていない」と感じてしまいます。

正直、1ファンなので「撮影時期がかなり前(休止前)だったのかもしれない」とか、色々憶測は立てることができても、それ以上に今は活動休止期間中で、それなのに写真をアップすることは彼にとってマイナスになってしまうのではないかと心配ばかりしていました。
同時に、会社側が彼をどうしたいのか、活動休止中にも関わらず表(世間)に出すということはどういう意味・意図があるのか、思わず頭を抱えるものでした。

積み上げたものと、現状

あの日の報道があってから、今に至るまでに。何度も何度も考えたことがあります。それは、所詮ファンって何も知らないんだなという無力感でした。
わたしは常日頃「すきな人はダイヤモンド」だと仲のいい人に語っていて、ダイヤのカット面の数だけその人の魅力があって、その1つの「アイドル」という面を我々ファンは見せてもらっているんだねって内容でした。プラスの意味で、そう語っていました。
だからこそ、アイドルのままでいてほしかったし、アイドル以外の面は見たくなかったと思っています。わがままでごめんね。
すごく自己中心的な理由で申し訳ないけれど、わたしはアイドルに対して「アイドルの面のみ見せてほしい」と願っています。祈っています。だからこそ、報道で別の面が出た時点で、かなりショックが大きかったです。

わたしは、人生でずっとテレビで見るアイドルという存在に対して、ふんわりと好意的に思っていても、ここまで追いかけてハマっていくのは初めてで。人生で「はじめてすきになったアイドル」がJO1でした。
だからこそ、自分にとって(そして多くのファン・JAMにとっても)JO1という存在は果てしなく大きくて、大きくて、だいすきな存在で。その大きさは時間をかけるごとに大きくなっていって、気づけば自分の人生においてかけがえのない眩い輝きを放つ大きなものになっていました。

彼らは5年かけて、たくさんのものを(記録も記憶も)積み上げてきました。
同時に、JAMのこころの中にもたくさんのものを積み上げ、存在を大きくしていました。
多くの人と同じように、わたしもメンバーひとりひとりに対し、この数年でわたしは自分ひとりじゃ抱えきれなくらいの大きな情が湧いています。愛情、親愛、何より尊敬する敬愛するきもち。全部が情だと思っています。

ですが、FC限定配信のあった日(汐恩くんと一緒に、よなしろくんが頭を下げた日)から、わたしのこころには、ぼたぼたと黒いインクが染み出したような気持ちでいっぱいで過ごしています。
あの時、頭を下げるべきは本人だけであるべきだったと考えています。わたし個人は。
もしそこに他の人が入るならば会社の人間(運営側)だったのではないかと、ずっと思っています。許せないでいます。たとえリーダーだという理由があったとしても、わたしは、応援する側として、なぜこんなことが起こっているのか、起きてしまったのかと。あの時からずっと時計を止めたままでいます。
※この「許せない」はわたし個人の感情であり、強い言葉を持って批判しますが、本当になんでこんなことになったんだろうと嘆く気持ちが強いです。だからこそ「メンバーをなぜ守ってくれないのか」という強い会社への批判を持って終わらせていただきます。

11人がすきだからこそ

正直、今の状況ってどうしようもなくまずいんだろうなって、遠くから考えています。
汐恩くんの扱いをどうするか不透明なところも(ちゃんと活動休止なら、そうするべきだと思う。)会社としてフラフラとどっちつかずな部分も不透明すぎるのだと感じてしまう。

正直、ファンに言えないことって星の数よりあると思う。まだ口外できないものとかも含め、会社としてもむず痒いかもしれない。
でもそれってあくまで都合の良すぎる仮説であり、ファン=消費者にとっては「今」を説明されないと、時計は進めることができないままなのだと思うのです。
ファンはあくまで、言い方がきついけれど消費者なのだと思います。時間もお金も、愛情も、消費者は有限です。
あくまで「今」説明されなければ、納得できずに荒波が起こるだけだと思ってしまうのです。

わたしは、正直に言えば汐恩くんがこの報道前はすごくすきなメンバーです。今彼をどう思っている?と言われれば、すきとか嫌いではなくただただ「きちんと向き合ってほしい」の一点のみ。
でも、これは矛盾しているけれど「元気かな」て心配する気持ちだってある。精神的にやつれていないかな、てすごく心配している。
それなのに、彼の行いで、頭を下げた人がいることを忘れないでほしいってどうしても思ってしまう自分もいます。これだけは、どうしても、思ってしまう。ごめん。
しかしそれ以上に、ただこの積み上がった5年の情がある。もうどうしたらいいんだろうね。
(どうしたらいいか分からないからこそ、彼を心配する気持ちと同時にどうすればいいのだろうと悩む気持ちがある。)

わたしは、11人のJO1がすき。
これは都合のいい妄想だけど、わたしたちファン・JAMに伝えられないだけでメンバーそれぞれが今回のことを深く考えている、と思う。なぜなら彼らはわたしたち(ここではあえて「わたしたち」と表現します)以上に、彼らは彼ら「JO1」を深く愛していると思えるからです。
きっと言えないだけ、伝えられないだけ、そう都合のいい妄想でどうにか数ヶ月黙っていた。黙っているしかなかった。でも、考えれば考えるほどに、ダイヤの多すぎる面のように、知らないからこそ不安にもなっている。

不安になるのは、別に悪いことじゃない。
人である以上、自分以外の他人を本当の意味で「理解」する日は一生ないとわたしは考えているし、アイドルとしての面を望むわたしは彼らが見せてくれる「アイドル」の顔のみを信じること・応援することしかできない。
全肯定・全否定するわけでもない。
でも、不安でいっぱいで、どうにかなりそうで、こころの精神衛生に良くないと思ってしばらくJO1の曲や情報から離れている自分がいました。

このまま時計が止まったまま、わたしは「11」という数字と向き合って大好きだって堂々と言えるのかなって、なんか、分からなくなっちゃって。
そうずっと考えて、頭を抱えています。

「未完成」を経て思うこと

映画「未完成」は、本当にいい映画だったと思います。
でも、このタイミングで公開するのかと思う部分もありました。
社長の言葉を、すなおに受け取れない自分もいました。
ファン以上に、彼らや彼らを押し出す側(会社や製作側)が「11」にこだわっていると感じてしまうこともありました。

でも、それでも、やっぱり11人揃っているとうつくしくて、このメンバーだからすきになれたんだなと思う自分もいました。
そして、これがJO1の「今」の答えなのかなって思っていました。

正直、茨の道を歩んでほしくないです。彼らにはレッドカーペットだけを歩いていてほしいです。
でも、彼らが決めたなら(と受け取れる映画だったからこそ)今は大きなアクションをせずに、静観すべきなのかな、とも思っています。

何を求めるのか、何ヶ月も考えたこと

わたしは、脱退を求めてはいません。
ですが、彼がどうなってほしいのかと聞かれればよくわかっていなくて、答えが出なくて、今は「然るべき反省をし、立ち直り、また再び顔を見たい」と思っています。これは何度も何度も、何ヶ月もかけてでた現時点での仮の答えであり、情であるのだと思っています。

極端なはなしですが、わたしは人は過ちを犯すし、過ちのない人はいないと思います。その過ちが大きいか小さいか、法に触れるか触れないかは別として。
ですが、それ犯さないために人々は理性を持ってルールを守っているのだと思います。やっちゃダメだよ、いけないよ、はこのための教育なのだと思っています。
同時に、「赦す」ことを決めるのは、司法であり、世間(ファンやファン以外の人々の世論の声も含むと思っています。)であり。だからこそ、彼の置かれた現状は、すごく難しいと感じています。

正直、この数ヶ月「情がありすぎる」という理由で、考えるのをやめていました。
離れた方が楽だからです。つらいからです。
考えても、答えは出ないし、限定配信という一撃もあり、会社の対応に少なくともわたしは納得ができないからです。

ですが、情がありすぎることを、否定したり批判したり、少なくともわたしはできないし、自分自身が「どうしよう」と悩んで、今も会社や今の10人の答えを(でない答えを)待っている現状があって。
なんかもう、考えるの、つらいし、しんどい。でも、すきだからこそ、考えなくちゃいけないのかなって思います。

考えすぎずに、距離を大切に

わたしは、JO1がだいすきです。
今考えられるのは、彼らは茨の道を歩こうとしている(と受け取れる映画があった)こと。

世間のニュースの移り変わりなんて、早いです。
でも、一度ついたイメージはそう簡単には消えないのも事実です。
今はただ、JO1から、もしくは会社からのアクションを待とうと思います。
それが、どんな結果で、彼とどう歩むのか、わたしにはまだわかりませんが、JO1のファンとして今はただじっとしていようと思います。
考えても、わからない。
なら、考えすぎず、少し距離を置こうと思います。
SNSや曲を聴いて、なんとなくこころが曇るのなら、それって「楽しいファン活動」じゃない気がします。少なくとも、今のわたしはそうです。
なので、またこころから楽しい、大好き、声に出して叫べる日まで今は距離を取ろうと思います。


以上、現時点での1ファンの小さな意見でした。
長くなってしまいました。お読みいただき、ありがとうございました。

Bon Voyage / JO1の東京ドームを経て

はじめに、2日間の東京ドーム公演 お疲れ様でした。

無事に11人、誰一人怪我なく病気なく終えたこと、JO1の第1章のおわりと、第2章のはじまりを記念し、ここに日記を書こうと思います。

日記ですので、さまざまな視点に散らばってはおりますが、お時間ある時にお読みいただけますと幸いでございます。

 

まずは、最高のライブでした。

最高のライブだからこそ、ああ行ってよかったなぁとずっと今も噛み締めています。

ライブ一週間前に、精神的に参ってしまってリセールも検討したり、自分でもおかしな話ですが涙が止まらなくなってしまって生きる意味……と凹んだりしている毎日を過ごしていたので、ただひたすらに「行けるのかな」とベッドで泣いたりしていました。(今は元気です。)

でも、前日に「JO1のライブに行きたい」と思ったら、急に目がバキバキのまま4時半起床で新幹線に飛び乗って。駅にはデカボストンバッグを持った人を見かけて、JAM!と思ったり。

 

ホテルを経由して荷物を置き、東京ドームに向かいました。

わたしの中で、水道橋といえばTDC(2025年1月16日に名前が変更されKanadevia Hallになったそうです。思い出のTDC、懐かしのTDC、もうTDCと呼べないのかとふしぎな気持ちです。)というイメージかつ長年通っていたのですが、東京ドームは人生ではじめてでした。

自分の人生の中で、いろいろなきっかけがあるとすれば、人生を変えてくれたのがTDCであった公演だったので、また同じ土地で今度は東京ドームで人生が変わっていくポイントを迎えて改めてじんわり胸があついです。自分の中で、TDCってずっと聖地的な扱いだったので(逆にいえば聖地だからこそ、二度といけない場所でした。)その横を通り過ぎた時にすごく懐かしさを感じていました。懐かしいな、と一緒にまた来れてよかった、来させてくれてありがとうって思いました。JO1って、本当にどこへでも連れてってくれる。本当にうれしいな。

 

当日はものすごく暑くて、人も多くて、春というより夏で。

公演時間に向かうにつれて、東京ドームが光り輝いていて、ああここではじまるんだ、という胸の高鳴りを感じていました。

日曜日は急遽取れたWith Usシート(体感席)で、入場はなんと11ゲート。

11という数字が大好きなので、ああもうこの時点で最高〜と写真を撮り、座席につくとステージの真横で「めちゃくちゃ見える!」と目がきらきらするようでした。

周りの方にも恵まれ「想像の何倍も見える」「座席の端っこのモニターはもはやTVサイズ」「一般で取れてよかった」とお話しできて、みんなで「座席狭くないですか!?」と言い合って。本当に狭かった。月曜日に普通の席に座った時に(広いな……?)とびっくりしました。背もたれもあるしドリンクホルダーもあることに感動していました。

 

体感席から見える景色は、ステージ真横だからこそJO1の背中を見る機会がものすごく多かったのですが、その分「JO1の背中越しに見えるたくさんのペンライトの海」がずっとずっと見れて、あまりにもうつくしくて、ああこの景色をJO1は見ているのかってじわじわと涙が出て。

 

あまりに全ての曲が最高傑作すぎて曲ごとに感想を言いたいのですが、特に書きたいのはEZPZ・BE CLASSIC・飛べるからではないでしょうか。初日の絶叫を忘れられません。

BE CLASSICはとにかくパフォーマンスとして素晴らしく、今までJO1がライブ持ってくる大きな意味を持つ曲ってBorn To Be Wild→SuperCaliと移り変わっていると個人的に思っていて、その先にBE CLASSICが来たんだと思いました。

大きすぎる意味を背負ってやってきた、BE CLASSIC。

れんくんのリフトは忘れられないし、ひとり天高く手を伸ばし、そのまま高い場所から倒れ込んだ瞬間の暗転。

その瞬間の悲鳴、ざわめき、どよめき。

そしてしばらくした後に始まるメロディ。

その瞬間の絶叫のような叫びは、もう二度と見れないものだと思い返します。

終わった後の鳴り止まない拍手も、悲鳴も、全て、鳥肌がぶわっと立ちながら震えてきて、本当に「すごいものを見た」のだと思いました。

あの一瞬を目撃できたこと、人生に刻みたいと思いました。

 

1日目のライブ後のコメントはカラッと晴れた空のような、まばゆいきらきらさを持った、爽やかな印象でした。

あくまで東京ドームが通過点であること、というような印象を受けるほど、カラッとしていて。涙ではなく笑みが多かったです。

 

逆に二日目は涙を堪えきれないメンバーも多く、ここまでの苦しみとか、悩みとか、ぽろっとこぼす言葉ひとつひとつが「言ってくれて、ありがとう」「教えてくれてありがとう」という内容ばかりで。

個人的にコメントが好きだったのは、まめちゃんとけいごくんでした。

まめちゃんは、毎回ライブを見るたびに「いつかまめちゃんって可愛い名前で呼べなくなるのかな」と思うくらいかっこいいと毎回毎回思っているのですが、今回「JO1が大きくなるほど感じる恐怖」「自分に足りないものは何か」と悩む話には、なんだか涙が止まらず、胸が苦しかったです。

まめちゃんには、10人の頼れる優しくてかっこいいお兄さんのようなメンバーがいて、だからこそ救われる瞬間も悩む瞬間も同じくらいあるのかなって勝手に考えたりしました。すてきなメンバーに囲まれているからこそ、成長期であるまめちゃんは悩み続け、答えを探し続ける旅の途中なのかなって、勝手に。

でも、まめちゃんが悩む以上にまめちゃんを愛する人はたくさんいて、JAMに負けないくらい(むしろそれ以上に)メンバーはまめちゃんが大好きなはずで、これからも真っ直ぐに、漢という文字の重みはあると思うけれど、ずっと笑顔でいてほしいなと思い。なんだか、まめちゃん、コメントすごく好きだったな。

 

けいごくんのコメントはダチョウの話だったのですが、最初こそ涙が止まって笑っていたのに、だんだん泣けてきて。

けいごくんは自分をダチョウに例えて話していたけれど、ダチョウは確かにすぐ何も考えずに走るかもしれないけれど、けいごくんみたいに絶対ついて来てくれる存在ってどれだけメンバーにとって大きな存在なのだろうって。

絶対ついてきてくれるからこそ、前を走れる人がいると思うんです。

絶対ついてきてくれるからこそ、振り向かずに進んでいけると思うんです。

なんて愛情深いのだろう、この人は。そう思ったらなんだか涙が止まらず、JO1への大好きを募らせてくれて、本当にいいコメントで、そして楽しく笑えるオチもあって、本当に素晴らしいコメントだったなと振り返ります。

 

そして大好きなよなしろくん。

夢を追って上京したこと。現実は甘くないこと。夢は厳しいこと。

でも、それでも「無理じゃない」と言い切ってくれるところ。

「絶対に、無理じゃないです」とはっきりと、きっぱりと、言い切ったこと。

インタビュー(日経エンタテイメント 2025.4)でよなしろくんは、自分自身を「自信がない人間」だからこそ「不安ならやればいい」という言葉を明かしていましたね。同時にだからこそ「寄り添う」ことができにくいことも。

そのよなしろくんが夢という大きなものを語る上で、甘くない・厳しいと言いつつも「絶対無理じゃない」と言い切ってくれたこと。

全てが点と点が線になった感覚がありました。

今のわたしには、鋭い稲妻が走るようで、この人をこの先も応援したいなって勝手に、勝手に思う日になりました。

 

ライブ終盤「僕たちを選んでくれて、ありがとうございます」の言葉を聞いた時。

(確か言ったと思うのですが、聞き間違いでしたら大変申し訳ありません。)

わたしは、国プじゃないから、その時は「国プの皆さんありがとう」の意味なのかな、と思っていました。しかし、ライブから日がたって、自分の気持ちを整理したり、思い返すときに。ああ、その意味もあるけれど、別の意味もあるのかなって、思っていて。

 

今も昔も、アイドルって星のような輝きだけど、その数も星と同じくらい存在します。

星の数ほど「アイドル」はいて、星の数ほど「ファン」がいて。

その星の数ほどのファンひとりひとりには当たり前だけど、人生があって、収入や家庭や仕事や学校があって。

その中で「この人を応援しよう」と指差す・選択するのはまさしく「選ぶ」だとわたしは思っています。まるで一番星を見つけたように、あの星を追いかけたいと思う瞬間が、わたしにとってはJO1であり、よなしろくんで。

その星に導かれるように、わたしはJAMになったあの日から進んできて。

人生は選択の連続、とじゅんきくんのコメントにもあったけれど、わたしはわたしの意思で「JO1を選んできた」のかなって思っています。

そこにはたくさんのしあわせがあって、その選択は全て正しかったと思っています。

 

時に会社の方針や諸々が理解できず、離れた時もありました。

正直今も、苦しいことはあるし、理解できないことだって、多くあります。

でも、それだって正しい選択だったんだと思います。好きでいるために、そっと離れて、また好きでい続けている。きっと、正しかったんだと言い聞かせていると言えば恥ずかしいですが、でも、わたしはわたしの選択を肯定したいなと思っています。

 

わたしは、国プ出身のJAMではないことを、いまだに時々苦しく思います。

でもそれ以上に、命懸けで時間を削り、魂を削り、彼らに投票した当時の国プの方へ尊敬と敬意を持っています。あなたがいなければ、あなたが一票を入れなければ、わたしはJO1にも、よなしろくんにも、出会えなかった。

だからこそ、本気で、感謝と、敬意と、心からの尊敬を持っています。

その気持ちはずっと揺るぎないものです。

 

でも、「選んでくれて」という言葉を飲み込んだ時。

ようやく、国プではないけれど、「彼らがJO1という道を歩むレッドカーペットを1ミリでも伸ばせたのかもしれない」と思えるようになりました。

たくさんある星の中から、わたしだけの一番星を見つけ、その星を追い続け、応援し続けた。その力は微力かもしれないけれど、時々微力すぎて本当に彼らのためになっているかわからなくなるけれど。絶対、絶対、1ミリとかそれ以下とかそういう微力な数字でも、もっと小さい数字でも、彼らの歩むレッドカーペットを伸ばす「選択」をできたのかなと、厚かましいかもしれないけれど、思っています。

ちょっとだけ、自分の中の苦しみを、言葉を借りた上で咀嚼して飲み込めた気がしました。

 

それに、よなしろくんの言葉の中で「JAMのみんなも、僕たちの行くところにはついてきてほしいです。」がうれしかったです。

その言葉を聞いて、どこまでだってついていくよ、と気持ちを新たにできました。

ありがとう。

 

そして鳴り止まないアンコールの先で、水の演出があるBon Voyageのうつくしさ。

名前の通り、「良い旅を」と現実世界にわたしたちをゆっくり帰してくれるようでした。

まるで長い間かかっていた時間を止める魔法が、緩やかにとけ、それでは良い旅(人生)をと送り出されたような気持ちになりました。

 

わたしの人生はどうしようもないけれど続きます。

痛みと苦しみを抱えながら生きるのは苦痛だし、時々泣きながらどうしようもなくなる時だってあります。いい年なのに、わたしはわたしの悲しみの津波に呑み込まれてしまう時だってあります。

 

でも、わたしは生きていればまた「JO1のこれから続く道」を見ることができるのです。

生きてさえいれば、JO1の始まったばかりの第2章の目撃者になれるのです。

 

生きることはかなしいし、苦しいことばかりです。私はネガティブなので、幼い頃から本当はそう思っています。

ですが、JO1との出会いによって、「生きていれば、また会いたいと思える人と出会える」喜びを知りました。

この先も、生きることに苦しむことも、壁にぶつかることもあるかもしれませんが、生きてさえいれば大丈夫だなと思えました。

 

2日間を通して、公演後に見た空は澄んでいて、世界がぱっと明るく見えました。

こんなにも世界は輝いていて、うつくしくて、愛おしくて、大切で、と大袈裟かもしれないけれど本当に思えたのです。

 

この先も、どうかJO1のみんなが幸せでありますように。

どうか第2章も健康で怪我なく、みんなが笑顔でいますように。

それでは、良い旅を。

 

おわり。

レッドカーペットのど真ん中で、笑っていてね。

 JO1ツアーの、追加公演が決まりました。

 場所は、東京ドーム。

 まだ、行ったことのない、東京ドーム。

 

 メンバーも知らなかったようで、JAM以上に驚きながら喜ぶ姿を見て、なんだか、こころにあった深い霧が晴れたような気がしました。

 

 この日記はあくまで「わたし(せんせん)個人のきもち」でしかないので、他のJ AMさんはどうかわからないという注釈の上で書きます。これはわたしの、日記だから。大丈夫。

 

 「ラポスタ東京ドームでやるよ」発表があった時、わたしはただただ呆然とした。思わず声が漏れ出て、なんでとぽつり呟いてしまうほどに、何だかどっと疲れが襲ってきて、その日はただただメソメソしながら寝たのを覚えています。

わたしは、わたし個人は。

ずっと、JO1に単独でドームに立って欲しいと考え続けていました。

多分この「ドームに立つ」に関しては様々な価値観・意見等あるのだと理解はしているのですが、その上で「JO1は単独でドームに立ってほしい」と願っていました。

 

 そもそも、TOPとは何か。

 そう思う瞬間は、JAMになってから考えるときがたくさんありました。

 わたし個人は、JO1の歌声が、パフォーマンスが、ひとりでも多くの人、それこそ国も性別も人種も何もかもを超えて「いいな」と届くことが、TOPになることなのかもなあと思うこともありました。

 JO1という名前を知ること、曲を偶然でもいいから耳にすること、メンバーの誰かに興味を持つこと。

 もう何でもいいのです。ただ、多くの人に、まだJAMではない「誰かに」「あなたに」届く未来が、たくさんあるTOPへの道の1つなのかなぁ、とわたしは思わずにはいられないのです。

 

 もうわたしには、JO1という大きな存在は、大きすぎる存在は生活の一部、人生の一部です。

 そこまで重きを置かなくてもいいから、新曲の配信やTVでパフォーマンスする際に「あ、知っている」となる人が、「あ、いいな」と何となくでいいから思う人が、ひとりでも増えて欲しいな、いたらいいな、そんな気持ちを持ち続けているのです。

 

 そんな大好きなJO1には、ただレッドカーペットの上だけを歩いて欲しいのです。

 たくさんの、たくさんの声があると思います。

 好きだ嫌いだ、推しだ、推し変だ。

 推しという甘い曖昧な言葉は、時々怖くなるくらいに世の中に浸透していて、むずかしいなあと思う瞬間がいっぱいあって。

人の気持ちが雲のように移りゆく世の中で、「推し活」なんて言葉で「消費」に変わる世の中で、彼らは走り続けなければいけなくて。

 なんて過酷な時代だろう、過酷な人生だろう、過酷な職業だろう。

 でも、彼らが「JO1が好き」と笑顔でいてくれるなら、応援し続けるひとりのJAMとして、彼ら11人が歩むレッドカーペットを1ミリでもいいから長くできるように応援するだけなのです。

 

 他の同じ事務所グループだって、みんなすごく頑張っていて、この過酷な時代に、戦国の世のような群雄割拠のこの時代に生きている仲間で。

 そう頭では理解しているのに、こころは、本音は、はじめてのドーム公演は「単独がいい」の一点のみで。

 わがままなファンでごめんね、うまく応援できないファンでごめんね。

 きっと、会社・事務所に求められている「消費者・客層」じゃないのかな、と考えることもあって。

 たくさんのどうしてが溢れてしまって、ドームの話題すら触れられなくなって、もうどうしていいかわからなくて、発表からはSNSから距離をとって「ちょうどいい」くらいの精神で。

 

 でも、ようやく。

 ようやくドームが決まったことで、心の深い深い霧が晴れ、「よかった」と涙が出た瞬間に、何だか、何だか、うまく言葉にできないけれど「よかった」としか言えなくて。

 ああ、これでまた頑張って生きていける。走っていけるって、そう思えたのです。

 JO1の走る背中を追って、ゆっくりだけど、また走れる。歩ける。這いつくばってでも、その時まで真面目にこつこつ生きていこうって。そう思えるのです。

 

 日付が変わる前に更新したくて、書き殴りでお恥ずかしい限りではございますが、久々の日記とさせていただきます。

 

 寒い日が続きますね、走り続ける11人を追うためにも、JAMとして健康第一で生きていこうと思います。

 どうかこの日記を読まれている方も、どうかどうかご自愛くださいね。

 それでは、またどこかで。おわり。

「何度聞かれようと変わらない答えを」

よなしろしょうくんへ。

(いつもひらがな表記なので、このブログでもそう表記します)

 

日記です。

いつも通り、変わらぬ日記ですので、お時間ある時に読んでいただけますと幸いです。

 

今日、空は秋晴れで。

うつくしい秋の空にはトンボが飛び、遅い稲刈りも終わり、黄金色の田畑は冬に向けて姿を消し。風は少し冷たくて、おおきく息を吸えば木々の甘い香りがして。

今日は、本当に、いい日でした。

 

今日は、あなたの誕生日。

この広い世界でたったひとり。よなしろしょうくんの、あなたの生まれた日。

ただの数字じゃない。特別な日。

 

よなしろくん。

わたしは、あなたと出会ってからいろんな場所に行ったよ。

たくさんの人と出会ったよ。

 

あるときは荒れ果てひび割れた荒野のような、すさんだ心に降る雨のように。

あるときは果ての見えぬ海で、灯台のひかりを見つけるように。

あるときは砂漠で迷った時に、見上げる一番星のように。

あなたへの愛を言葉にしようとすると、文字にしようとすると。あまりにうつくしいものに例えたくて仰々しくなっちゃう。

でも、あなたへの感情はうつくしい色をしていて、それを必死に紡ぎたくて、留めておきたくて、わたしはここ数年綺麗な言葉を見つけてはあなたに贈りたいと思っています。

 

多分、世にはたくさんの愛があります。

わたしは人を好きになりません。なれないのです。

ぽっかりと抜け落ちたように、今まで人に恋焦がれたことがありません。さみしさに胸を締め付けるような恋は、きっとうつくしいのだろうと思いつつも、その味を知らないままわたしはその代わりにうつくしいモノや景色を追い続けました。

それを欠陥的に捉えている部分はあれど、ポジティブな要素に思う日はなくて。

それでも、「この人のこれからを見つめていたい」と思う応援だって、愛ではないでしょうか。そう、思い込みたいだけかもしれないけれど。

幼い頃に青く甘く恋焦がれる経験はないけれど、誰かに負けてほしくなくて泣いて声を張ってがんばれって叫びたい衝動はたくさんありました。

なんだか、そんな感じ。そんな感じで、わたしはあなたを、あなたたちを見ているのかもしれません。

たくさんの人に愛されますように。

たくさんの人に応援されますように。

たくさんの人からうつくしい言葉を贈られますように。

たくさんの人から、ペンライトを振ってもらえますように。

そんな気持ちを、叫びたくなるような衝動を、わたしは大切に持って生きています。

 

 

でもね、時々。

時々、すきでいること、応援していることと、距離をとっていることのある1年でした。

時々ね。

でもね、4年だって。4年も、すきみたいなんです。あなたのことを。

ふわふわとしたぽやっとした感情を、うまく言語化できない情熱を、激しい活火山のようなこころを。

わたしはあなたを応援する日々の中で、得ることができました。

 

でも、応援ってポジティブな感情ばかりじゃなくて。

時には泣いたり、悔しくなったり、悲しくなったり。

勝手に生まれる感情と折り合いがつかなくて、SNSから離れて仕事に打ち込んで。

そうするとちょうどいい距離にまた戻れるんです。

戻って、ようやく「あ、すきってこの距離感が心地よい」と気付くことができました。

 

ねえ、よなしろくん。

わたしは、あなたに会ったことがありません。

きっとこれからも、すれ違うことも、目線が交わることも、人生ではないでしょう。

それでいいのです。

大きな会場の、上の方の、天井席でも、どこでもいい。

どこかで、あなたに向けてペンライトを振る人生でありたいです。

あなたのファンが、ここにいるよ。

伝わらないとわかってはいるけれど、ここにいる。

その証明のように、ペンライトを振り続けられたらいいな。そう思うのです。

 

 

 

と、上記のように書いていたら、二次でオフライントークに当選しました。

はじめてです。

わたしは4年前に、一度だけヨントンに当選しました。

たった数十秒。その時間を、胸に抱いて。時々夢に見て。最近は夢には見ないけれど、あのやさしい声で名前を呼ばれた衝撃を忘れずに生きてきました。

当選してからというもの、教科書に載っていた歌が頭によぎります。

「君には一日我には一生」

まさに、その通りだと思います。

わたしの場合「あなたには一瞬わたしには一生」になりますが、なんとも、教科書ってこういう時に思い出すのだなぁと泣きながらメールを見つめていました。

 

4年間。応募し続けては外れていて、やっぱりSNSを見るとどこかさみしさがありました。

数だってあまり買ってない。積んでない。

細々と生きる山奥のオタク。

なんとも言えない上記の肩書きは、余計に運を遠ざけそうになります。

でも、JAMさんのレポを見るのは大好きで、みんなを幸せにするよなしろくんってすごいなあ、素敵だなあ、そう思い続けていました。

誰かの愛に応える人を、応援できてよかったなあ。毎回そう思っているのです。

 

毎回外れてはこっそり肩を落とし、黙っていました。

でも、それでも、外れるまでの日さえ楽しかったのです。

「もしかしたら会えるかも」その時間さえ、愛おしかったのです。

 

多分明日。

わたしははじめて、目線を交えることとなるでしょう。

ほんの数十秒。多分、一瞬。

でも、今までの人生で一番緊張する一瞬なのです。

 

なんて話そう、と思うより。

4年間温めた言葉を伝えられれば十分です。

勇気を出して、明日は会いに行こうと思います。がんばるね。

 

最後に。

 

先日、LIVE AZUMAに行きました。

福島県のフェスに来てくれて、ありがとう。だいすきな福島を、もっと好きになれました。

 

フェスも、ライブも、一人で怖い飛行機も、大学への再入学も、資格の勉強も、なんでもかんでも「怖くても大丈夫」「乗り越えられる」「とりあえずチャレンジしよう」と思えるのは、あなたのおかげです。

 

正直、生きるって困難です。

時々、あーあって一線を越えそうになる瞬間だってあります。

でも、まだ生きていたいな、と思えるのは、文字通りJO1とよなしろしょうくん、あなたのおかげです。

 

ため息をつきたい日も、泣きたい日も。

我慢できず泣く日も。

またあなたに会えるかもしれない日を夢見て、生きていこうって思います。

 

 

どうか、どうか。

よなしろくんのいる世界は、あたたかでやさしい、やわらかな言葉で満ち溢れますように。

あなたの思う幸せで溢れますように。

うつくしいものたちが、たくさんその大きな瞳にうつりますように。

健康でありますように。

笑顔でいますように。

 

これから寒いから、どうかあたたかくしてね。

だいすきです。

これからも、この先も。

 

愛を込めて。